義歯・入歯治療

近年、高齢者の口腔機能と健康上の問題なしに生活できる期間を指す「健康寿命」の関係性が注目されるようになってきています。

また、口腔機能の低下が、栄養状態の悪化に留まらず、社会性や身体能力の低下なども招きます。最終的には寝たきりに繋がるという考え方も広まってきています。口腔機能への悪影響を及ぼす大きな要因として挙げられるのが、歯の喪失だと言えます。

そこで歯が抜けてしまった場合でも、何らかの手段で補い、口腔機能の低下を防ぐ事が重要です。その手段の代表例として知られているのが入歯(義歯)です。入歯は義歯床と呼ばれる土台の上に、人工歯を取り付けた構造となっています。1本から複数本の歯を補う場合には、部分入歯を用います。部分入歯は、クラスプという金属製のバネを、残存している歯に引っかける事で固定します。また歯が1本もなくなってしまった場合には、すべての歯を補う総入歯を用います。総入歯では、義歯床を歯茎に吸い付くように密着させて固定します。部分入歯、総入歯どちらの場合でも、自分で取り外す事が可能です。

入歯は保険診療のタイプと、自由診療のタイプに大別されます。保険診療の入歯は比較的安価だと言えますが、義歯床の素材はプラスチック、且つ固定方法も金属製のバネに限られます。一方、自由診療の場合、義歯床に金属やシリコンを使用できる為、より薄く耐久性の高い入歯を作製できます。また固定する手段も「残っている歯に被せた冠に入歯をはめ込む」「磁石で固定する」「あご骨に埋め込んだインプラントを土台にして固定する」など、さまざまな選択肢があります。入歯の作製は、段階的に進めていく事となります。

まずは、歯の疾患や噛み合わせの異常などがあればその治療にあたります。それから口内の形態の型どりや、あご同士の立体的な位置関係(噛み合わせ)の確認を行い、途中で複数回にわたって患者に装着してもらいつつ、製作していきます。また入歯を使い始めてからも、定期的に通院し、バランスを調整していく必要があります。このように治療が長期間に及ぶ為、歯科医師の選択も重要になります。

治療の内容や入歯の種類について納得のいくまで丁寧に説明してくれる、信頼できる歯科医師のもとで治療を受けると良いでしょう。

認知症と歯の関係

現状では認知症と口腔機能との因果関係というのは、医学的には証明されていないようです。

ですが様々な研究報告より、口腔機能と認知機能との関わりが考えられるようになりました。例えば、特定の65歳以上の男女4000人を4年間追跡して、歯の本数と認知症の発症との関係を調査した研究があります。歯の残存数が20本以上の人と、義歯もつけておらず歯も無い人とでは、認知症リスクは1.9倍とかなり大きな差がありました。また噛む力が弱いと思う人も1.5倍のリスクがあるコトが分かっています。

また別の調査では、70歳以上の高齢者およそ1200人を調べた結果、健康である人の歯の数は平均14.9本、そして認知症が疑われている人は平均9.4本でした。

マウスを使用した大学での研究も興味深いものです。遺伝子操作によってアルツハイマー型認知症になったマウスを、【奥歯を抜いた群】と【歯が揃った群】とに分け比べたところ、学習能力・記憶能力ともに歯を抜いたマウスの方が明らかな低下が見られました。

噛む事によって脳の血流が良くなります。そして神経回路を通じ脳へ刺激が送られる事は確かでしょう。これが認知症を防ぐことに何等かの関わりがあるのではないかと言われています。ただし、歯が無ければだめかと言うとそうではありません。

噛む事の刺激は歯からだけではなく、筋肉や粘膜からも伝わっています。例え歯を失ったとしても、入歯やインプラントを使う事でしっかり噛む事が出来れば、歯を失っても脳を活性化する事は可能なのです。

すぐに出来る予防法

口腔機能を保つためにも、口の健康に関心を持ち、定期的に歯科医院でメンテナンスを行いましょう。痛みなどの自覚症状が無くても、定期的に歯科医師によるチェックを受ける事が大切です。

虫歯や歯周病の発見と治療、噛み合わせの調整、入歯の点検、歯磨きの指導など、問題が大きくならないうちに対処してもらえます。

また、ご自宅でしっかり歯磨きをしましょう。歯磨き習慣は基本の「き」です。毎食後に行うのが理想ですが、1回なら寝る前に。入歯は歯磨剤を使用せずに歯ブラシで丁寧に洗いましょう。

必要に合わせて栄養指導を受ける事も大切です。歯の治療後や入歯の装着後は食材の選択肢が広がります。これまで使ってこなかった食材を含めて栄養バランスのよい食事にする為に、保健所などで栄養士に食材の組み合わせや調理法を教えてもらいましょう。

加えて、人と交流する事もとても大切です。おしゃべりする機会が多いとよく口を動かすので口腔機能の維持に役立ちます。また、笑ったり驚いたりと感情が動くことで脳は刺激を受け活性化されます。社会との関係を持ち続ける事は健康長寿につながっているのです。

そして最後に、体操をしましょう。口周辺の筋肉を動かす事は、口の運動機能を保つ上で非常に重要です。口の体操・発音の練習は口腔機能の改善に直結します。ご自宅で簡単にできるものもあります。ぜひご自身のお口の健康に関心を向けてみてください。

オーラルフレイルは老化のサイン

「オーラルフレイル」という言葉、いったいどれだけの人がご存知でしょうか。

「オーラル」というのは「口の」という意味ですが、「フレイル」はどうでしょうか。フレイルというのは、高齢になって活力が衰えている状態の事を言います。虚弱や脆弱という意味を持つ英語の「フレールティー(Frailty)」を語源とした造語です。

虚弱というと身体面ばかりをイメージしがちですが、フレイルはそれだけでなく、精神・心理的・社会的な虚弱も含んでいます。

日本の要介護原因の第1位は脳血管疾患、次いで認知症、そしてその次がフレイルです。健康な状態からフレイルを経て要介護状態になる高齢者は実は非常に多いのです。この方々が要介護状態にならないようにするには、フレイルを早く発見して対処する事が大切だと言えます。

口の機能が僅かに低下したオーラルフレイルは、フレイルよりも前の段階に位置します。オーラルフレイルにはまだ明確な定義は存在していません。具体的には、口腔リテラシーが低下したのちに、滑舌が悪くなったり、ほんの少しむせるようになったり、或いは食べこぼしが増えたり、噛めない食品が増えたりした状態を言います。このようにちょっとした口腔機能の衰えな為、本人も周囲もなかなか気づけないのです。

しかしながら、これを放置すると「口腔機能低下症」に、そしてさらに放置するとフレイルへと進行してしまいます。摂食嚥下障害や咀嚼障害などの「口腔機能障害」に至ると、元に戻す事は困難となります。だからこそ、口の機能の衰えに早く気づく事が非常に重要です。

オーラルフレイルの段階で適切に対処すると口腔機能は改善しますし、口腔機能低下症になっても歯科で治療を受ける事で前段階へ戻せます。延いてはフレイル・要介護状態・口腔機能障害を防ぐ事に繋がります。